ASDのアカウントを複数見た上で、ロジカルシンキングした際の確定事実は、大多数の彼らは法律を守ることが出来るという点が一つある。これは健常者でもASDでも法律を犯す者もいれば、ちゃんと守る者もいるという意味では何も変わらない。おれが言いたいのは、法律を守ることができるという部分である。つまり、ASDは、おれから言わせれば、うまくできないからASDという抽象的なことが障害なのではなく、ルールを理解して守ることが出来る能力がありながら、理解に辿りつかないものについては理解を示さないという部分に置いて、理解をなぜ示せないかが健常者との違いでしか無いということだ。
繰り返しになるが、理解を示す、というこの端的な現象へのプロセスについて、障害がある、というのが、ASDたらしめる一要素である(それのみをもってASDだと言っていない)。ここから鑑みるに、そのプロセスに障害が発生する原因の一部に脳機能があることはそうなのだろうが、そこで、ではなぜ、法律が守れるのかという命題に繋がる。法律をなぜ守るかについて仮に理解できなければ守れるはずが無いからである。推測1、法律は具体的に○○はダメというわかりやすい内容である。かつ、罰則という、損がある。このことから、理解に繋がるプロセスの経過を考えざるを得ないから、理解した。という道筋が立つ。
もし、これが理解できなければ、社会で生きつつも、生きづらいというレベルではなく、即豚箱に行っているはずである。
つまり、考えざるを得ない理由(損)があることにより、考え、理解に到達した。
これが推測1である。
推測2、単純にルールを守っている。これが成り立つ時、法律外の暗黙のルールに置いて、守れない理由は2点となる。
1、ルールの理解が具体的な内容ではないため、難しく、理解に及ばない。2.損が無いと考えるに至らず、理解に及ばない。
この、1と2は両立すると同時に、推測3としては、推測1を包括した上で、損がなければ理解しないが仮説として濃厚になるということだ。もし、単純にルールを守るロボになれるのであれば、推測2の1のみの思考回路になるからであり、それであれば存在するルールについて端的に伝えれば理解を示すからである。結論は、損、がキーワードであると仮説する。
同時に、損がわかっていても、理解に及ばない事柄について、自分でもわからず損をして困っている。も同時に成り立つ仮説となっている。つまりわかりづらい暗黙のルールに置いて、感じることができない脳機能を包括している。
ここまでをまとめて一度結論付けるのであれば、ASDは、
仮説1.複雑なルール(第三、四者の存在や、社会の仕組みを含めた要素が複数になることで生まれる、総合してこうした方がいいよね、という複雑化された経緯について、思考が及ばない)が苦手である。
仮説2.損や罰という、強烈な何かが無いと、複雑なことについて、研究できない。
(仮に研究できたとしても、複雑な問題について、健常者とは比べものにならないほど難問であるがゆえに、挫折する蓋然性が高く、まれに、理解に及ぶケースもあるが、そこには物凄い労力があることから、運要素が強く、人間多様性があるがゆえに複雑性の中から共通項の導きを複数知るには時間や経験が足りなすぎる。つまりこのパターンならできるけど、これは苦手が生まれやすい)
仮説3.そもそもの脳機能に置いて、研究や学習を積む労力が高すぎることにより、経験に結びつく前に、やる気をなくす。それにより失敗経験が積み重なり、億劫になることで負のスパイラルが起きている。
この仮説1〜3を包括した上で、学習ができてない事柄に置いて、無学で挑んでいるため、自分の考えのみしか存在しない対応が目立つ。これにより、身勝手だよね、というような他者の反応が生まれ、さらなる負のスパイラルが生まれている。
と思うのだが、どうだろう。
法律は守れるという事実一点のみから推任、推し量ると、おれはそのように感じる。
では、これら仮説と推測を踏まえて、一番効果的な学習は何かというと、
まず人間関係における端的なルールを把握する。
複雑な要素をプロセスとして踏まえた結論ではなく、
1Q1Aを用いる。
これをしたら、こう思う、なぜなら、だからダメ、のような単純かつ端的なルールを一つずつ集めていく。
集めていくと言ったのは、英語の文法でいえばメカニズムではなく、単語を覚えるという意味合いを伝えたかったからだ。
単語がわかれば、文法がどうであれ、なんとなくわかるものである。
こういった、数学であれば1+1のような単純な足し算から学習を行うことで、いずれ連立方程式まで及ぼうということだ。
これには、本人の前向きな姿勢が必要になるわけだが、仮説に出した罰や損が強烈なもので無いと、取り組むことが不可能、ということであれば
すでに破綻している。
これが障害たる所以ということであれば
半分絶望的である。
世の中には法律より強い罰則が無いからだ。
また、見落としていた点だが、脳機能により、理解が出来ていても、感情的に同意できない。も成り立つ。これであれば、そもそも論いくら学習をしたところで、結果は破綻している。
これは、全てがただの推論である。
特に、自分が思考の上で把握する以上の意味はない。